November 21, 2014

【030】ティッヒー

何の変哲もないとびきり美味しい
シュークリームが一個150円だった。
■11月12日
黄檗駅近くの新生市場のケーキ屋さん、ティッヒーが11月30日で閉業だというので今日も買いに行った。小さな店の右端にあるガラスの冷蔵庫に張り紙がしてあって、11月30日に閉業と書いてある。ショーケースの上の小さな鐘を鳴らすと声がして、いつものようにおじさんが2階から降りてくる。

シュークリームを2つ頼んで、閉業なんですねというと、
はい。

他に移ってとかではないんですかというと、
閉業ですね。

長いことやってるんですか。
32年ですね。

寂しいです。
そう言っていただけるだけでうれしいです。

ティッヒーというのはどういう意味なんですか。
ウィーンでよく行っていたアイスクリーム屋さんの名前です。

ウィーンに修行に行ってられたんですか。
はい。ティッヒーではないですけど、よく行っていて響きが可愛いので黙って拝借しました。

アイスクリーム屋さんなんですね。
はい。ウィーンでとても有名なお店です。ウィーンに行かれることがあれば一度行ってみてください。

ここのシュークリームが好きでそれがもう食べられないと思うと寂しいです。


■11月20日
ティッヒーの店頭営業最終日。閉業は30日。

澪と二人でこの日は最後のシュークリームを買って、おじさんに花束を渡そうと計画していた。

11時頃店に行くとシャッターが閉まっていて、午前中は陽射しが直接ショーケースに入るので以前もシャッターを半ばおろして営業していたことがあったからそうかと思ったり、開店する時間がまだ把握できていないから今日はまだ開店していないのかと思ったりしたが、シャッターに張り紙がしてあって、店頭営業最終日の20日(木)のところが18日(火)に書き換えられていた。

寂しいがじわっと広がった。

どうしようもなくしばらくそこに佇んで、なんとなく花束を持った笑顔のおじさんを撮ろうと思って持ってきていたカメラでシャッターと張り紙と看板を撮った。

18日といえばけんちゃんとなっちゃんと澪の4人で買いに来た日で、あの時が最後の日だった。あのとき張り紙は20日のままだったけど、僕達が去ったあとに書き換えられたのだろう。

僕は勝手に思い込んでいた。

今日は、花束を持って行って、おじさんがちょっとはにかんで笑って、ちょっと話をして、なんとなく感動的なシーンになって、写真を撮って、あぁよかったねといって澪とシュークリームを買って帰る。

でも、感動も、よかったねも、シュークリームもなく、ただどこにも仕舞いようのない寂しいがじわったとあるだけ。

これが本当の最後というもの。
ただ寂しいがじわっとあるだけ。


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